皆さんは、電子債権という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
これは、電子記録債権と同じものであり、またでんさいとも同じものです。
従来の手形や指名債権に存在したデメリットを解消し、事業者の資金調達の円滑化を目指して誕生しました。
本稿では、電子債権と通常の債権の違いを解説していきます。
電子債権とは
最近、電子債権という言葉を聞くことが多くなりました。
「電子債権」「電子記録債権」「でんさい」など似たような名前が多いのですが、これらは全て同じものと考えて差し支えありません。
さて、電子債権とは、電子記録機関(電子債権を管理している機関)の記録原簿に電子的に記録を行うことによって、債権の発生や譲渡などを可能としたものです。
従来の手形は紙によって振り出されていたことから、「電子債権とは、従来の手形や売掛債権を電子的にしたもの」と解釈している人も多いのですが、実際にはそうではなく、あくまでも新しく誕生した金銭債権です。
新たな債権というと、従来の債権に馴染みのある人の中には、あまり利用する気が起きない人もいると思います。
また、安全性に疑いを抱く人もいるでしょう。
しかし、電子債権は従来の手形と同じように、取引の安全性を確保するための様々な仕組み(たとえば善意取得や人的抗弁の切断など)が整えられています。
電子債権を利用するためには、でんさいネットに申し込みを行います。
取引で電子債権が発生した時にパソコンやFAXを用いて電子記録の請求を行うことで、安全でスピーディに電子債権の発生や譲渡を行うことができます。
電子記録債権誕生の背景
企業間取引で金銭債権が発生するということはごく普通のことです。
この金銭債権を活用して資金調達を行うことも可能です。
- 取引のある企業間で売掛債権や受取手形の譲渡や質入れ
- 手形割引やファクタリングによる資金調達
このように資金調達ができます。
譲渡の対象となる債権が実在していることや、誰に帰属する債権であるのかということを確認することは不可欠です。
また、譲渡される売掛債権がすでに他の第三者に譲渡されているものであるという、二重譲渡のリスクもあります。
また、手形の裏書譲渡や質入れでも、従来の手形は紙媒体でやり取りが行われるため、手形の保管コストや紛失・盗難などのリスクがつきものでした。
電子債権は、売掛債権などの指名債権や手形とは全く異なる、新しい決済手段です。
新しい決済手段を普及させるためには、安全性や流動性を確保する必要があります。
そのために、電子記録債権法などによって法的整備も行い、電子記録債権制度が誕生したのです。
これによって、従来の売掛債権や手形にありがちだったデメリットを解消し、事業者の資金調達が円滑になりました。
電子記録債権のメリット
電子記録債権は新たな債権の形です。
よく、手形や売掛金を電子データ化したものであると思われています。これも大きく考えるならばそれほど間違いではないのです。
電子記録債権は、券面や書類によって発行されていた従来の売掛債権に対し、それらの売掛債権につきものだった問題点を克服するものとして誕生したのです。
電子記録債権がどのような点で優れているのかは、従来の売掛債権と比較してみるとよく分かります。
手形と電子記録債権の比較
手形 | 電子記録債権 | |
コスト | 作成・交付・保管にコストがかかる | 電子データの送受信によって管理するため コストが軽減される |
リスク | 紛失や盗難のリスクがある | 記録機関の記録原簿で管理されるため、 紛失や盗難のリスクがない |
利便性 | 分割できない | 分割できる |
売掛金と電子記録債権の比較
売掛金 | 電子記録債権 | |
リスク1 | 譲渡対象の売掛金の不存在 二十譲渡などのリスクがある |
電子記録によって債権の存在と帰属が可視化されるため、 不存在・二十譲渡のリスクがない |
リスク2 | 人的抗弁を対抗されるリスクがある | 原則的に人的抗弁は切断されており、リスクはない |
利便性 | 譲渡の際に債務者に対抗するため、 債務者に通知しなければならない |
電子記録によって債権の存在と帰属が明確であるため、 通知の必要がない |
電子記録債権のデメリット
電子記録債権にもデメリットがあります。
もっとも、電子記録債権は従来の受取手形や売掛債権の問題点を解消するために生まれたものですから、大きなデメリットはありません。
取引先の協力が必要になる
電子記録債権を利用するためには、上記の通りの利用条件や利用環境を満たす必要があります。
取引をする両社がともに電子記録債権を利用して初めて取引可能となります。
そのためには金融機関への申し込みが必要であり、自社だけではなく取引先にも申し込んでもらう必要があります。
会計処理が変更になる
電子記録債権を初めて利用する会社は処理が煩雑になるこれまで利用していた通常の売掛債権とは異なる会計処理をしなければなりません。
これまでは受取手形や売掛金として処理していた勘定項目が、電子記録債権に変更されるためです。
そのため、一時的に処理が煩雑になる可能性があります。
普及率が高くない
電子記録債権はまだまだ生まれてから日が浅い決済手段であるため、従来の売掛債権と比較して一般的とは言えない状況です。
今後、利用拡大していくことが見込まれていますが、それまでには時間が必要でしょう。そのため、取引先の協力が得られない可能性があります。
安全性の問題
電子記録債権はインターネット上で管理されます。そのため、ハッキングなどの攻撃を受ける可能性があります。
もっとも電子記録債権の安全性は高いため、そのリスクはかなり低いといえます。
電子記録債権の安全性
電子記録債権のデメリットを読むと、安全性の問題が気になることでしょう。
電子記録債権はインターネット上で管理されるものですから、セキュリティは万全を期す必要があります。
- 機密性とは、情報のアクセスを許可された利用者のみ情報を使用・閲覧できるようにすること
- 完全性とは情報に正確性があること
- 可用性とは、情報へのアクセスを許可された利用者が必要な時にいつでも情報にアクセスできること
これらの要素に対する電子記録債権のセキュリティは、どのようになっているのでしょうか。
情報の機密性
電子記録債権では、アクセスにあたって間接アクセス方式を採っています。
利用者からの申し込みと記録請求などの手続きがあった場合には、すべて金融機関が窓口となって行うというものです。
これまでも解説したとおり、電子記録債権を利用するためには、その前提として債権者と債務者の双方が利用者登録されていなければならないのです。
そのためには金融機関による審査と取引時確認を行い、利用手契約を締結しなければなりません。
窓口となる金融機関は、でんさいネットが設けるルールの中で利用を受け付けており、これに反する通信は途絶される仕組みになっています。
参加している金融機関しかでんさいネットシステムにアクセスできないため「不正アクセスによる取引情報の漏洩や改竄・なりすまし」などが防止されています。
情報の完全性
電子記録債権による取引は、すべて記録原簿に記録されています。
そのため、不正取引があった場合には記録原簿をもとに追跡が可能となっています。
さらに、発生記録請求や譲渡記録請求などの取引の結果は、電子メールによって利用者に通知されます。
電子記録債権は原則的に、支払期日に口座間送金決済によって自動的に決済されます。
電子記録債権の発生と譲渡は支払期日の7営業日以前に限られているのです。
そのため、通常の振込とは異なり、処理をしたらすぐさま資金が移動するというものではありません。
情報の可用性
でんさいネットシステムは、利用者がいつでもアクセスできる体制を整えています。
仮に災害やテロなどで混乱に陥り、でんさいネットシステムが普段通りの業務を継続できなくなった場合があったとしましょう。その際にはバックアップセンターが業務を継続する仕組みになっているため、アクセスが可能となります。
このほか、でんさいネットでは金融情報センターの「金融機関等コンピューターシステムの安全対策基準」に準ずるセキュリティガイドラインを設けており、システム管理体制を整えています。
電子記録債権の安全性に関するリスクは完全なゼロというわけではありませんが、リスクは極めて小さいといってよいでしょう。
電子債権と通常の債権の違い
では、通常の債権、つまり従来の指名債権や手形と、電子債権の違いを見ていきましょう。
指名債権と電子債権の違い
売掛債権などの指名債権は、当事者の合意さえあれば譲渡することが民法で認められています。
しかし、それは二重譲渡が発生する原因にもなることがあります。
これに対し、電子債権は電子記録をすることで発生するものであり、譲渡の際にも電子記録が必要となります。
そのため、当事者間で合意がなされたからと言って譲渡が完了することはないため、二重譲渡が起きることがありません。
次に、指名債権の譲渡が行われた場合。
それを債務者に主張するにあたっては、債務者への通知または承諾が必要であることが民法において定められていました。
これは、譲渡の通知や承諾が行われなければ、債務者が知らない間に債権者が変わる可能性があり、不特定多数の債権者から請求を受けることになりかねないからです。
なぜならば、電子債権は電子債権記録機関の記録原簿に情報が記録されており、それを確認することで電子債権の存在や帰属が明確になります。債務者がその記録を確認すれば、債権者を確認することができるからです。
このほか指名債権においては、権利発生の原因となる売買契約が無効になるなどの理由で、債権の譲受人が支払いを拒否されることがありました。
しかし、電子債権では人的抗弁の切断が行われることから、このような支払い拒否が行われることがありません。
以上のことが、指名債権と電子債権の主な相違点です。
手形と電子債権の違い
従来の手形は紙媒体でやり取りが行われ、紙面への記載によって権利内容などを明らかにしていました。
しかし、紙媒体を使用することは書面の作成・交付・保管にコストがかかりました。
また、遠方の取引先であれば郵送の必要がありますし、受け取った会社も支払い期日まで保管しておく必要がありますから、紛失や盗難のリスクがありました。
しかし、電子債権ならば権利内容を電子的に記載しますから、コストは軽減されますし、紛失や盗難のリスクはゼロになります。
次に、従来の紙の手形は記載スペースが限られるため、最低限のことを記載するほかありませんでした。
しかし、電子的な記録ではスペースは無限大ですから、記載事項を詳しく記録することが可能です。
最後に、従来の手形は分割が不可能であり、額面金額をそっくりそのまま利用することしかできませんでした。
例えば、100万円の資金需要があったときに、手形割引で資金調達を行う場合、1000万円の手形であれば1000万円をすべて割引しなければなりません。
しかし、電子債権ならば100万円だけの割引が可能です。
また、分割に制限はないため、1000万円のうち100万円を割引し、400万円は譲渡し、500万円は支払い期日まで待つというような利用も可能です。
以上が、手形と電子債権の相違点です。
電子債権の取引の流れ
では、実際に電子債権を利用して取引を行う際には、どのような流れで取引が行われるかを確認してみましょう。
電子債権の発生
企業間で取引を行うにあたり、電子債権を利用するならば、双方が電子債権記録機関に発生記録を請求します。
債務者は債務の発生を請求し、債権者は債権の発生を請求するのです。
発生記録の請求を受けた電子債権記録機関は、記録原簿に発生記録を行い、電子債権が発生します。
電子債権の譲渡
電子債権を譲渡する場合には、譲渡人と譲受人の双方が電子債権記録機関に譲渡記録の請求を行います。
請求を受けた電子債権記録機関は、記録原簿に譲渡記録を行い、電子債権の譲渡が行われます。
電子債権の消滅
金融機関を利用して、債務者が債権者に支払いを行うと、金融機関は電子債権記録機関に通知を行います。
通知を受けた電子債権記録機関は支払等記録を行い、電子債権は消滅します。
記録原簿とは、発生記録や譲渡記録などの電子記録を行うものであり、電子債権記録機関が調製する電磁的な帳簿のことです。
これらの電子記録をそれぞれの電子債権ごとに集めて記録した電子データが債権記録であり、債権記録を記録した電磁的な帳簿のことを記録原簿というわけです。
手形を電子債権で代替する
上記において、従来の紙の手形による取引は近年大幅に減少していると書きました。
しかし、日本の商習慣にとって手形取引はまだまだ根強いものですから、完全に無くなるのはまだまだ先になることでしょう。
しかし、電子債権には手形代替機能があり、徐々にそちらに移行しているのも事実です。
電子債権は、善意取得や人的抗弁の切断など、手形と同じく取引の安全を確保するための機能を備えています。
例えば、取引の際に手形を振り出すのではなく電子債権を利用したならば、売り手企業は電子債権を受け取ることになります。
この電子債権は、パソコンやFAXなどで譲渡記録を行えば、手形割引と同様に金融機関で資金化に利用することができますし、ファクタリングによっても資金化が可能です。
また、手形を裏書譲渡するのと同じように、買掛先に譲渡することで買掛金の決済に利用することもできます。
分割して資金化や譲渡を行うことが可能であるのは、上記の通りです。
以上のように、紙の手形のメリットをそのまま備えており、紙の手形のデメリットは解消され、さらに分割可能という電子債権ならではのメリットもあります。
このことから、従来の手形を電子債権で代替したほうが何かと便利であることがわかるでしょう。
電子債権の活用法
ここまで見てきた通り、電子債権には色々なメリットがあり、今後はますますビジネスに活用されていくことでしょう。
では、具体的な活用法としては、どのようなものがあるのでしょうか。
一括決済方式とは、いわば複数の組織の中で資金の流れを作ることで、複数の決済を一つの機構の中で行う仕組みです。
よくあるのが、親事業者と下請け業者と金融機関の三社契約による一括決済方式です。
これは、下請け業者が売掛債権を金融機関に譲渡し、親事業者が金融機関に買付金情報を伝送します。
金融機関が親事業者に変わって下請け業者に代金を支払い、期日に親事業者にまとめて支払いを請求するというものです。
このような一括決済方式には、売掛債権の譲渡に伴う二重譲渡のリスクや対抗要件の具備に伴うコスト負担などがあります。
次に、シンジケートローンの流動化に活用が可能です。
シンジケートローンとは、大型の資金調達ニーズがあったとき、複数の金融機関が協力し、ひとつの融資契約書で共同の融資を行うというものです。
この時のローン債権の流動化にあたっても、電子債権の活用が可能でしょう
よくある電子債権の疑問
電子債権が流通を始めたのは2013年のことですから、まだまだ浸透したとは言い切れない状態です。電子債権に対して疑問を抱く人も多いものでしょう。
そこで、電子債権によくある質問とその答えを掲載していきます。
電子債権発生時の原因債権への影響
したがって、原因債権の支払い手段として電子債権が発生した場合においても、原因債権が消滅することはありません。
セキュリティについて
記録原簿を取り扱う電子債権記録機関は、主務大臣の指定を受けた機関です。
また、主務大臣はセキュリティの確認のための検査や監督も行なっています。
もちろん、記録原簿は常にバックアップを取っており、万が一の事故の際にも電子債権が不明になることはありません。
電子記録の種類について
- 電子債権を発生させるための発生記録
- 電子債権の譲渡が行われたことを記録する譲渡記録
- 電子債権の支払いが行われたことを証明する支払等記録
- 電子記録保証をつけるための保証記録
- 電子債権を質入れする時の質権設定記録
- 支払い期日の延期など権利の内容を変更するための変更記録
- 電子債権を分割するための分割記録
電子債権記録機関の業務について
電子債権記録機関は記録原簿を備えており、電子債権ごとに債権記録を作成します。
当事者の請求に応じて電子記録を行なったり、記録事項を利用者に開示するなどの業務を行なっています。
電子債権利用時の税法上のメリット
あります。通常の手形を振り出す際には、額面金額に応じて印紙をつける必要がありますが、電子債権にはそれがないため印紙税を課せられません。
手形の今後のついて
電子債権は手形とは異なる新しい金銭債権です。
そのため、電子債権が登場したと言えども、これは従来の手形や指名債権を廃止するものではありませんから、どの債権を利用するかということは利用者の自由です。
もっとも、電子債権の利用が増加して手形の利用が減少していった結果、手形による取引を行う業者がほとんどいなくなることで、事実上手形がなくなるということはあり得ます。
手形はジュネーブ統一手形条約に基づいて制定されたものです。
そのため、この条約が破棄されない限り、手形が今の形を変えることはありませんから、制度として残り続けることになります。